日本天変地異記
「土佐国群書類従」に載せた「谷陵記」には、「崎浜談議所の住僧権大僧都阿闍利暁印が記録略に曰く、慶長九年災多し、先づ一に七月十三日大風洪水、二に八月四日大風洪水、三に閏八月二十八日又大洪水、四に十二月十六日夜地震、同夜半に大潮入つて、南向の国は尽く破損す、西北向の国は地震計りと言ふ、当所(崎浜)には五十人溺死、西寺東寺の麓には四百人、甲浦には三百五十余人、宍喰(阿波領)には三千八百六人溺死す、野根浦へは潮入らず、不思議と言ふべしと」。
土佐の東部と阿波の一箇所の被害を記してあるが、関係諸国の溺死人は夥しい数にのぼったことであろう。
十六年の地震は、三陸の地震で、仙台、南部、津軽及び松前の諸領にまで海嘯があった。
十九年の地震は、越後、相模、紀伊、山城で、越後に海嘯があった。
2006-12-16T12:24:44