土俗玩具の話
鷹山(ようざん)上杉治憲(うえすぎはるのり)公が日向高鍋(たかなべ)城主、秋月家より宝暦十年の頃十歳にして、米沢上杉家へ養子となって封を襲うた関係上、九州の特色ある玩具が奥州に移ったものと見られる。
仙台地方に流行するポンポコ槍(やり)の尖端(せんたん)に附いている瓢(ひさご)には、元来穀物の種子が貯えられたのである。
これが一転して玩具化したのである。
2006-12-16T12:33:00
鷹山(ようざん)上杉治憲(うえすぎはるのり)公が日向高鍋(たかなべ)城主、秋月家より宝暦十年の頃十歳にして、米沢上杉家へ養子となって封を襲うた関係上、九州の特色ある玩具が奥州に移ったものと見られる。
仙台地方に流行するポンポコ槍(やり)の尖端(せんたん)に附いている瓢(ひさご)には、元来穀物の種子が貯えられたのである。
これが一転して玩具化したのである。
2006-12-16T12:33:00
Wikipedia:淡島寒月