檸檬
時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。
私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。
第一に安静。
がらんとした旅館の一室。
清浄な蒲団(ふとん)。
匂(にお)いのいい蚊帳(かや)と糊(のり)のよくきいた浴衣(ゆかた)。
そこで一月ほど何も思わず横になりたい。
希(ねが)わくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。
――錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。
なんのことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。
そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。
2006-12-16T12:25:24