「 梶井基次郎 」


  • 檸檬

  •  時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。

    私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。

    第一に安静。

    がらんとした旅館の一室。

    清浄な蒲団(ふとん)。

    匂(にお)いのいい蚊帳(かや)と糊(のり)のよくきいた浴衣(ゆかた)。

    そこで一月ほど何も思わず横になりたい。

    希(ねが)わくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。

    ――錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。

    なんのことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。

    そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。


2006-12-16T12:25:24

Wikipedia:梶井基次郎


梶井 基次郎(かじい もとじろう、男性、1901年2月17日 - 1932年3月24日)は、近代日本文学の小説家。
1901年(明治34) 2月17日大阪市西区土佐堀通5丁目(現西区土佐堀3丁目)に生まれる。
1913年(大正2年)三重県立第四中学校(現三重県立宇治山田高等学校)入学。
1914年(大正3年)旧制北野中学校(現大阪府立北野高等学校)転入。
1919年(大正8年)旧制北野中学校卒業、第三高等学校 (旧制) 第三高等学校理科甲類入学。
1920年(大正9年)肺結核にかかる。この頃から荒廃した生活を送り、5年がかりで高校を卒業する。
1924年(大正13年)東京帝国大学文学部英文科に進学。
1925年(大正14年)同人誌『青空』を創刊し、『檸檬』を発表。