火の柱
「ドウだ羽山、恐れ入つたらう」と村井は雲を破れる朝日の如く笑ましげに、例の鋭き眼(まなこ)を輝やかしつ「僕は僕の配達区域に麻布本村町(あざぶほんむらちやう)の含まれてることを感謝するよ、僕だツて雨の夜、雪の夜、霙(みぞれ)降る風の夜などは疳癪(かんしやく)も起るサ、華族だの富豪だのツて愚妄(ぐまう)奸悪(かんあく)の輩(はい)が、塀(へい)を高くし門を固めて暖き夢に耽(ふけ)つて居るのを見ては、暗黒の空を睨(にらん)で皇天の不公平――ぢやない其の卑劣を痛罵(つうば)したくなるンだ、特(こと)に近来仙台阪の中腹に三菱の奴が、婿(むこ)の松方何とか云ふ奴の為に煉瓦(れんぐわ)の建築を創(はじめ)たのだ、僕は其前を通る毎(たび)に、オヽ国民の膏血(かうけつ)を私(わたくし)せる赤き煉瓦の家よ、汝が其礎(いしずえ)の一つだに遺(のこ)らざる時の来(きた)ることを思へよと言つて呪(のろつ)てやるンだ、けれどネ羽山、それを上つて今度は薬園阪(やくゑんざか)の方へ下つて行く時に、僕の悩める暗き心は忽(たちま)ち天来の光明に接するのだ」
2006-12-16T12:48:51