念珠集
或る日に、多分雨の降つてゐた日ででもあつたか、湯治客(たうぢきやく)がみんなして芝居の真似(まね)をした。
何でも僕らは土戸(つちど)のところで見物してゐたとおもふから、舞台は倉座敷であつたらしい。
仙台から湯治に来てゐる媼(おうな)なども交つて芝居をした。
その時父はひよつとこになつた。
それから、そのひよつとこの面(めん)をはづして、囃子手(はやして)のところで笛を吹いてゐたことをおぼえてゐる。
2006-12-16T12:51:12
或る日に、多分雨の降つてゐた日ででもあつたか、湯治客(たうぢきやく)がみんなして芝居の真似(まね)をした。
何でも僕らは土戸(つちど)のところで見物してゐたとおもふから、舞台は倉座敷であつたらしい。
仙台から湯治に来てゐる媼(おうな)なども交つて芝居をした。
その時父はひよつとこになつた。
それから、そのひよつとこの面(めん)をはづして、囃子手(はやして)のところで笛を吹いてゐたことをおぼえてゐる。
2006-12-16T12:51:12
『右手鳥居なかの一本は奥州仙台伊達政宗(だてまさむね)公。
赤いおたまやは井伊かもんの守』かういふことを幕無しに云つて除(の)けた。
2006-12-16T12:32:05
Wikipedia:斎藤茂吉