大菩薩峠農奴の巻
江戸老中派遣の、わいろを取る役人が出張して、思う存分に竿を入れる。
そのくらいだから寛厳の手心が甚しく、彦根、尾張、仙台等の雄藩の領地は避けて竿を入れず、小藩の領地になるというと、見くびって烈しい竿入れをしたものだから、領民が恨むこと、恨むこと。
そこで、これはたまらぬと、庄屋たちが寄り集まって、竿入れ中止の運動を試みようとしたが、そこはわいろ役人に抜け目がなく、あらかじめ一切の訴願罷(まか)りならぬという覚書を取ってある。
しかし、領民たちになってみると、死活の瀬戸際だから黙っていられない、その鬱憤が積りつもって、大雨で水嵩(みずかさ)が増して行くように緩慢に似て漸く強大である。
どこの村から、どう起ったかということは今わからないけれども、近江の四周(まわり)の山水が湖水へ向って集まるように、湖岸一帯の人民の不平が、ある地点へ向って流れ落ちて溢(あふ)れて来る。
2006-12-16T12:49:57